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2009年10月 8日 (木)

永遠の贈り物

富士丸くんとアランくんのご冥福を心よりお祈りいたします。

きのう深夜になってから、いつも楽しみに読ませてもらってたブログ2件のワンが亡くなったことがわかり、あまりの突然さにショックで動揺してしまい涙がボロボロと止まらなくなった。

「富士丸な日々」の富士丸くんと「楽しい犬生活」のアランくん。どちらもずっと愛読してきただけに特別思い入れがあった。
特に富士丸くんについては生年月日が2002年の2月22日ということで、うちのこぶ坊は2002年の6月22日なので4ヶ月違い、名前にも「丸」がつくところが一緒で、何気に『富士丸くんとこぶは一緒に歳を重ねていくんだなぁ』という妙な安心感のようなものがあった。享年7歳。つい先日富士丸くんがとうちゃんの穴沢さんと梨もぎに行った日記を読んだばかり。梨好きな富士丸くんが梨はそっちのけで、リードフリーにしてもらってうれしそうに梨園を爆走する姿を、たくさんの写真を一枚一枚クリック、デカ版にしたのを眺めて富士丸くんのうれしさがこちらにもビシビシ伝わり私もうれしくて胸がいっぱいになった。それに今とうちゃんが富士丸くんと一緒に暮らすために山の家建設計画をたてていたのに…。色々なことが頭を巡り本当に犬に死なれるのはせつない、場合によっては人間に死なれるよりも数倍…と実感した。

偶然先日amazonからのお勧め本を読み終わったばかりだった。私もいつかは来るだろう別れの日に、これではあまりにも無防備でボロボロになってしまうのでは?という怖さがあるので、心の準備のひとつにと思って読んでみたけど、もしご存じない方がいらしたら、又、今愛犬を亡くしてつらい方がいらしたら、ちょっと落ち着いたら読んでみるといいかもしれないと思いご紹介する。

内容は「アニマル・コミュニケーション」の世界から発信されているもので、「旅立ってしまった動物に訊きたい5つのこと」「アニマル・コミュニケーションの世界」、最後には実際に死後の動物と交信した会話集などから構成されている。

細かい目次を見てみると「死ぬときに、苦しんだ?」「本当にして欲しかったことは、何?」「うちの子で幸せだった?」「今、どうしてる?」「また、会える?」など。

アニマル・コミュニケーションって言葉はずっと前に初めて耳にしたときは、動物のしつけに携わってる人のこと?と誤解していた。少しあとになってそうじゃないとわかっても、その時もなんだかわからずに『はぁーん、死んだあとの動物からのメッセージを届ける人?へぇー、まぁそれで飼い主の心が少しでも癒されればそれはそれでいいんでない?』と気休め程度のものとしか認識していなかった。

ところがある日、外国のアニマル・コミュニケーターの方が出ていたTV番組を観て今までの自分の認識はまるで間違ったものだったというのがわかった。あまり覚えてないのだけど、確かそのときは動物園のゾウとコンタクトしに来ていて、そのコミュニケーターには知り得ないことを、ゾウから聞いて把握していることを知り、『そうか、こういうのは実際にあるんだ!まやかしや気休めではなくて…!』と認識を大幅に改め、まさに目ウロコ状態になった。

この本はそんなコミュニケーターが実際に、動物が虹の橋を渡ったあとはどうしているのか、とか愛は永遠に続くから悲しまないでとか、短い生涯にはそれなりの計画がある、お母さんと暮らすために生まれ変わってきたんだよ、などのメッセージを犬たちからの通信などから教えてくれる。

この本を読むと、生と死はそんなにかけはなれたものではないと感じる。私たちは、実際は私たちが思っている以上に死と紙一重の場所で普段暮らしているんだなぁって思ったけど、個人的に一番びっくりしたのは生まれ変わりとソウルメイトのところ。

クライアント(依頼者)から新しく自分のところに来た動物が、過去に自分と一緒にいた子の生まれ変わりなのか確かめて欲しいという依頼がけっこう多く寄せられるそうなのだが、この著者がコミュニケーションを取りその新しく来たという動物に確認を取ると、やっぱりその依頼者の子供時代あるいはもっと最近、一緒にいた子だったというケースがほとんどだという。ただし、生まれ変わった動物は今生では違う種として生まれ変わっていることが多いそうだ。

これを読んだとき、『やっぱり!』と、日ごろ薄々考えていたことが、依頼はしてないけど確信のようなものに変わった。
それは、最近特にこぶの面影が、昔私が可愛がっていた「じろう」という猫にそっくりになってきて、たまにあまりに似ているのでジッと見つめているとまるでじろうが生き返ってきたような錯覚に陥ることがあるのだ。単に両方とも太り気味だからとかの問題ではなく、もっとキャラ的なものというか、魂の中核の部分が、というかその子その子の「印」のような部分が、だ。

ほかにも、安楽死の問題や、残された家族に対する配慮など、知りたかったことを実際に動物たちからメッセージで答えてもらえる。これは私の貴重な蔵書の一冊に加わった。もし興味のある方は是非読んでみて欲しい一冊だ。ちなみに私は、犬と一緒に入れるお墓も何気に探しているのだ…!将来ね…。まだまだだけどサ!

2009年3月13日 (金)

江原さんはスピリチュアル界のきみまろだった!

12日は横須賀芸術劇場で、リアル江原啓之さんにお目にかかってきた。横須賀で下車するとベリーニ公園が広がっていた。004444 001111

公園の中にはこんなカフェまであって、ちょっとコーヒーでも飲もうと歩いていったけど、ちょうど休憩時間のようだった。005555

江原さんは今までTVでしか拝見した事はなかったけど、TVには色々な制限やら何だかんだあるのだろうなぁ、と思ってしまうほどに、より自然な江原さんのおもしろい部分がたくさん見られてとってもよかったと思う。

江原さんの温かいお人柄はもちろんなんだけど、霊能力なんかなくたってトークのうまさで立派に2時間もつだろうと思わせるほどに会場も大きく盛り上がりを見せた。きみまろの大盛況の公演も顔負けだ!

江原さんて、どうして人の気持ちがあんなにわかる人なのだろう、というのを一番感じた。綾小路きみまろがどうして主婦の気持ちをあそこまでとらえているんだろう、っていうのと似た感じもする。
普通、男性と女性って越えられない大きな壁がどうしてもあるなぁって思うけど江原さんは何かこう、そんな壁なんか乗り越えてスッと人の心の中に入ってきてくれるような、自分のとても近いところにいる人のようなそんな不思議な感覚だ。

Img082222 それでずっと前におみやげに下敷きをくれるらしいということを書いたのだけど、やっぱりくれました。裏には「人生の地図」を持つための八つの法則がメッシリと書いてある。江原さんはこの下敷きの写真のこと、「見て勇気を出してほしい」「やっぱり痩せられない」なんて言っては会場を大きく笑わせてたなぁ。

帰りはこの下敷きを入れた白いビニール袋を持って駅に向かってゾロゾロ歩く人の姿が…。公演が終わったのが9時半くらいで、家に辿り着いたのが終電の一本前だった。
ちょっと横須賀まで、なんて思ってたけど、片道たっぷり2時間以上かかるプチ旅になってしまった。

帰宅後、「あぁ、リアル江原さんに会えて良い日だったなぁ」と、胸に残るなんとも温かい感覚をフツフツと思い出しながら、横須賀で買ってきた横須賀カレーパンを食べた後、就寝。

2009年2月20日 (金)

むかご唐揚げと「てやんでぇ」

しばらく続けていた甘断ちはもうとっくにやめた。まぁ威張ることもないんだけど。

Image4491_2 きのうは病院の日で、せっかく今までで一番採血が上手なナースに当たったというのに、検査数値は甘断ちの跡形もなく悪かった。私の努力の微塵も反映されてはいなかった。それどころか医師に「検査前にごはん食べちゃいましたか」なんて思わぬ誤解までされる始末…。(これは病院の外来から入院病棟に至る階段に飾ってあったお雛様)

甘断ちをしなくてもこれより全然良い結果が出た事もあったことを考えれば、あの数日間の我慢がいかにアフォウであったかを身に染みて感じる。我慢した分を体がすごい勢いでその解除後の甘物を吸い込んだような感じ…。検査の数値が良かったから悪かったからと一喜一憂したり、付け焼刃的に食事に気をつけたりしても意味がないんだということは本人が一番良く知っている。

大体コレステロール値が高いくらいでそんなもの、放置しているヒトは五万といるのだ。日本の検査数値の平均基準も辛すぎる。しかも私の場合は家族性ということもあり、本人の努力だけではどうにもならないのだというところからして、もうやる気がなくなる。

でもこういうのって、しっかりと取り組むヒト、甘く見る人、その人の生き方が強く影響するだろうな。「酔生夢死」を理想とする私の場合…、うーむ、うーむとしかいえない。

重い病気にかかってもたばこをやめない人とか、病院に行かないし治療もしない人、昔は人非人みたいに自分とは遠い人と思ってたけど、一種の「てやんでぇ」的構え方は今のこの私と同じではないか。そんな気持ちがわかるようになったってのはホントはいけないことなんだろう。世の中には明日を生きたいが為に重病と戦っている人だってたくさんいるのだ。

けっこう頑張ったつもりだったのに、この結果でヤケに…!きょうはチョコレートをたくさん食べ、夕食には久しぶりの揚げ物。チョコレートはウマイ!揚げ物はウマイ!両方ともまるで麻薬のようだ。3336

「むかご」初めて食べてみた。今まで聞いたことはあったけど、『ナニ?いなご?むかで?』みたいなイメージしかなくて、何か食べ物でないような気さえしてた。
食卓に「むかご」の素揚げをみつけたちゃんぴが「あっ!出たゾ!むかごだ!」と冷蔵庫からイソイソと純米酒を持ってきて「まぁ、てっちゃんも呑みなよ」とついでくれた。

塩をまぶしただけでいただいたけど、中はホックリと里芋のようだった。小さいので皮ごとポイポイと…。今、お腹はむかごでパンパンだ。
きょうのメニューは茄子とかぼちゃのトマトパスタでした。あぁおいしかった!

2009年2月 3日 (火)

さぁ来いインフルエンザよ

Image4351 メラを持ってなかったので携帯で。きのうのN公園からの富士山は特別光って見えた。写真だと見にくいんだけど、富士山の右下のほうにいつの間にか電波塔みたいのができてしまって、景観にはなはだしく悪影響。どうしてこういうことを考えて作らないのかねぇ…。(アレ?考えないで作るのかねぇ…か)

っかくの魔女の秘薬も効果はなく、ちゃんぴの風邪はあれから悪化し、高熱が出た。熱が下がらなければ明日は欠勤すると言って寝たが、やっぱり下がらず近くの内科医院へ。家を出る前に、
ちゃんぴ「俺、インフルエンザのような気がする」
「えぇ?そんなことないよー。インフルエンザの人はきっともっと辛いと思うよ。そんなにおいしそうに食べたりしないし、楽しそうにもしてられないんだと思うよ」
「いや、俺いつもだったら熱なんか出ても一晩で下がるし…」
「じゃ1000円かけよう。もしインフルエンザと診断されたら1000円払ってもいいよ」

時間が経過。歩いて5分のところにある医院なのに、こんなかかって、何やってたんだろう…と思ったら、帰ってきたきた喜々として。ナント診断名はインフルエンザのA型!
「やっぱりなー、俺、仕事行っちゃダメだってさー。ハッハッハー!」とお年玉をもらった小学生のようにイソイソと職場に連絡してる。あぁ、主婦と違ってここらへんは気楽だよね~。威張って寝てればいいんだから。食事は栄養タップリなものを妻が準備するし、あとはのんびりTV三昧。撮り溜めておいた録画を見放題。犬の散歩はもともと妻がするし、家事もしなくていいんだからね。それに比べて私がなったら即、家がまわっていかないってのに…。いくらひどい頭痛でも頭を揺らさないように水平に保って犬の長距離散歩だってこなさなきゃなんないのよ。誰も助けてくれないから惨めにキッチンをぼーーっと見渡してエースコックのワンタンメンなんか食べたりして。しかも素の。腕がもげでもしなきゃちゃんぴにも気づかれないし…。あ、腕がもげても気づかれなかったりハハ…。

明書があれば、病気ナントカ扱いで有給も使わなくてすむそうだけど、鬼のように残ってるくせに使えない有給を消化することになったらしい。
私内心『よかった…1000円のこと忘れてるよ、バカだねー』

以下、ちゃんぴの実況中継より_

院の扉を開けるとそこは患者で溢れかえっており、まず最初に来院した患者はどんな症状で来たのか尋ねられ、疑わしきは別室に隔離される。
隔離されたちゃんぴの見た光景は、老若男女が隔離室に置かれたベッドにグッタリと横たわる姿。

001111 っと順番がまわってくると、めん棒様のもので鼻から組織を採取され、簡易テスターにかけられ、ちゃんぴの場合は「A」の箇所が薄いピンクに染まったのでこれでインフルエンザA型と判定された。

通なら処方箋をもって自分の足で薬局に行くところだが、この騒ぎで特別、薬局の人がマスクをはめて医院まで薬の出前をしてくれるらしい。お金の受け渡しもこの医院の隔離室にて。

伏期間が2~3日であることを考えれば、今日明日私がインフルエンザを発症することも考えられる。何しろ50センチと離れていない所で寝てるんだし、この狭い密閉された家中でくしゃみも咳もダイレクトに浴びている…。
それを考えて、調子の良い今のうちに買い出しにでかけ、インフルエンザどころか放射能警報が発令されてもいいくらいの、かなりの買い物をしてきた。

備は万端。さぁ来るもんなら来てみろ。果たして私の免疫力はインフルエンザに負けるのか、勝利するのか。楽しみだ。
ちなみに、犬にはうつらないそうだから安心安心!

2009年1月19日 (月)

利き湿布

ちゃんぴの今回のギックリはレベルマックスではなく、程度としては小~中程度。それでも木曜日に発症して日曜日まで悲壮感の漂った顔をしていた。

滅多に弱音を吐く人ではないのに、一人寝室で「あぁあ~、困ったなぁ」なんて言ってたので、こっちのほうが心配になるほどだった。
腰を振動させないようにと、ミョウチキリンな格好で部屋中を歩くので、さらもジッとみつめていた。

湿布がきれたので、買ってきてと頼まれ、土曜日にドラッグストアに行き、色々と物色した。なんだか最近は色々なのがあるのね~と感心したけど、どれがいいのかサッパリわからない。
私は腰痛には縁がないし、こうした湿布なんか使うことはないので、全然わからない。
…で、いつまでも棚の前で悩んでても埒があかないので、適当に4つくらい選び、この際だからどれが一番効いて、これからどれを買うことにするのか、ちゃんぴに試してもらうことに。007

利き酒ならぬ、利き湿布。予想ではフェルビナクが一番良いのでは?と思ってた。
ストアのポップに「今までどの湿布でも効き方が今ひとつだと思っていた方へ」と赤い大きな文字で書いてあったから。

これと「あなたの腰痛の回復を助けます」とかいう腰椎ベルトがあったので、5000円以上したけど、『ホントに助けてくれるんだろうな?』と籠に入れた。

きょうは朝から出勤で、果たしてどんな顔をして帰ってくるかと思っていたら、「すごい良くなった!調子いいぜぃ!」ときのうまでの悲壮な顔が嘘のよう。そして「フェルビナクがいいみたい」と…。そうかフェルビナクか。今、腰痛にはフェルビナクなんだな?決まりだな?

そういえば以前誰かに、小田原の方にギックリとかをゴムバンドで直す先生がいるんだよ、と教わった。詳しく聞いておけばよかったけど、直りが異様に早いので、仕事を休めない人たちがたくさん来るんだとか…。興味あるなぁ。どこなんだろ。

2008年11月30日 (日)

しょうがのはちみつ漬け

きょうホームセンターでまた買ってしまった。毎年この季節になると必ず入り口脇を独占している韓国産のこの瓶詰め。005555

去年はたしかゆずのはちみつ漬けを買ったのだ。

今年は種類が増えていて、従来の「ゆず」「かりん」に加え、「りんご」「アロエ」「しょうが」が出現。

私はほとんど「アロエ」と決めていたのに、お連れが「いや、絶対しょうが」と...。

そう言われれば、今の私には生姜が一番適切かなとしょうがにした。
しょうがには代謝促進機能のほかに、健胃作用、発汗作用、体を温める作用があるみたいだし、二日酔いにも良いみたい。

さっそくお湯に溶いて飲んでみたら、皮付きのままのスライスされたしょうががたっくさん入っていて、ちょっと大人向け。
私はやっぱり「アロエ」にすれば良かったと思ったけど、飲んだそのすぐそばから体がポッポポッポとしてきて、確かに代謝促進には即効性がありそうだ。

この冬はこれで乗り切るかな。

2008年10月23日 (木)

危険な食品

01877777 TVCMでも使っている「未病」って言葉があるけど、なんとなく疲れやすい、とか病気じゃないけど、なんとなく調子が悪いことを言うらしい。

まさしく今の私が未病なのかも。
若い頃は体だけがとりえで、少々の無理も徹夜の海外添乗業務もなんなくこなせていたのに、そんなことを思い出すと情けない。

スタミナ満々で動ける日はあっても、疲れを翌日に持ち越すようになった。
特に血圧が低いせいか、午前中は犬さえもあまり近寄ってこないくらいないっぱいいっぱいな状況で家事を淡々とこなすだけ。
家事も用事もやることはたくさんあるのに、体がついてこないといった感じ...。
「年のせい」なんて言葉は大嫌いだったけど、そんな言葉の意味もよくわかるようになってしまった...。

それで、こういう状態には漢方なんかがいいんじゃないか?とそれに関する本なんかかじっているところへもってきて、また中国のメラミン騒ぎ。
昨今問題になった中国食品の色々や日本の汚染米の問題を考えると、今まさに口にもっていこうとしていたこの食品、なんだかどこかで繋がってるような気がして、どうもためらってしまう。
卵を乾燥させて粉末にしたものを中国から輸入し、菓子パンなどの風味付けに使われていたというが、その使い道も幾通りにも及ぶらしい。
こんなにも使い道があり、色々なものに関与しているなんて、思いもよらなかった。

ショックだったのは、私も大ファンで横浜や大船で、ほか色々な場所でみかければ楽しんでいたSOUPSTOCKTOKYOの参鶏湯にも汚染米が使われていたとか。

汚染米を使っていた煎餅類を製造した会社も新聞に載ってたけど、そんなもの確認もせず、もう散々食べてしまっているし、保険が適用できる漢方薬も安全性は保障されるものではない、なんて記事を読んでしまうと、病院なんかでもらえる漢方薬や薬局で市販されてる漢方薬に対しても、うーむどうなのだろうなんてついつい疑いの目でみてしまう。

危ないものは国が流通をストップさせているから、なんてまかせてはおけず、自分の身は自分で守る時代に確実に突入してしまったようだ。
あぁ、なんだか私達って大変な時代に生きることになってしまいましたね。

2008年7月21日 (月)

自由で気ままなわがままオヤジ

きょうは連休の中日。相変わらずの暑さのため、犬連れのレジャーはあきらめ、散歩のみ。
きのう調子の出なかったこぶ君もきょうは持ち直し、きのうの分まで、さらのチキンまで食べていた。

ところで、先日おもしろい性格診断をみつけてちょっとやってみたのだが、あまりにも当たっていて笑える。
もうかれこれ5回以上はやっているけど、そのたびに違う結果が出るっていうのもおもしろくて、でも違う結果でも当たってるってのが益々またやってみようって気にさせられるというか...。

今もこの日記を更新するのでもう一回やってみたけど、「仕事も遊びもできるタイプ」だって。でもそんな結果より、今までで一番当たってて笑ったのが「自由で気ままなわがままオヤジタイプ」っていうの。
私ってどうも同年代の同性と話していてもどこか何か変だとずっと思ってたけど、そうなのだ!言動とか、考え方とか果てしなく親父っぽいところがあるのかも...!
今まで色々言われてきた中でとにかく一番自分にフィットしてる言葉だと安心してしまったというのが少々哀。

まぁタダですから、あなたもヒマな時に一回やってみると思わぬ発見があるかも...。

045555 ところで、去年の今頃は奈良で茶粥なんて食べてたなぁ。そういえばこの頃旅に出てない...。
ガソリン代高騰や税金なんかのせいで、どうにも気弱になっちゃっていけないなぁ。
写真の茶粥はあられなんかが浮いてて、とってもおいしいのです。

2008年7月16日 (水)

亡き後もその人らしく-不思議話(2)

先日UPした「葬儀の日の真実-不思議話(1)」の続編ですが、きょうは先日「オーラの泉」で江原さんが話していらしたことで、本当にそうだなぁと思ったことがあったので、ちょっとそれを書いてみます。

番組では、ゲストのお母様が(すでに他界)実にその人らしい方法でこの世で暮らしている娘に火事の危険を知らせてくれたということを話していました。
仏壇の花瓶が実に派手に割れてガラスの破片が床に飛び散り、それを拾うのに仕方なく腰を落としたところ、視線の先に床に倒れたままの電源ONのままのアイロンがあったということでした。
このまま気がつかなかったら危うく火事になっていたかもしれなかったですが、このゲストのお母様という方が、生前から大騒ぎタイプというか大声で慌てたりワサワサした方だったということで、江原さんは亡くなったあとも実にその人らしい現れ方をするものです、というようなことを確かおっしゃっていたのでした。

そういわれれば、12月に他界した私の父も、血液型はB型で、どんなキャラだったかといえば、ヨーロッパのぶどう農家のおじいさんのような(どういうたとえだ)頑固というか融通がきかないというか、父としては普通なつもりでもその挙動は日本国内ではしばしば限りなく浮くものでした。
母はA型で、始終まわりに迷惑をかけないように気を使う人です。(そのわりにはケロリンと気まぐれなところもあるのですが)

話の仕方でも、オチもなくおもしろくもない話を延々と続ける母に対して、私の父という人は、とにかく周りの皆をアッといわせるようなことが好きで、その為、話もいつも逆説話法というか奇をてらうというのでしょうか?よく英語の文法に出てくるような「...ほど...なことってあると思う?」など、話の頭で人を「えっ!」と注目させるようなことが好きで、あることないこと、講釈師顔負けのもっともらしさで語り、それで人が驚ろいたり喜んだりすれば、膝を叩かんばかりに喜ぶというか、とにかくあらゆる面で周りをヒヤヒヤさせる父だったのです。0180888

そんな父が亡くなった日の不思議については過去記事であげていますが、(日記ちょうど1000回目で)(私はその最期の日にお見舞いに行ってないのに、看護師さんが私が見舞いに来ていたのを確かに見たと母に言ったことなど)それよりも大変だったのは亡くなった時間でした。

そんなに早く最期の日が来るとは想像だにしていなかったので、私も家族も皆、普通のペースで生活していたのです。
私に連絡をよこしたのは弟でした。その時私は丁度お風呂からあがり、髪を乾かしてさぁ寝ようかという時だったのです。
後から聞いた話だと、病院の看護師さんがお風呂の時間帯のはるか前に、父が危険な状態になってから何度も第二緊急連絡先であるこのマンションに電話をしたらしいのに、その時は通じなかったというのです。
でも、その時間帯は弟からの知らせのほかは一切の電話は入ってこなかったし、外出もしていた時間ではないので通じないということもありえないことです。

ちなみにこの日は日中、母が父を病院に見舞っていて、まさかその晩に亡くなるとは夢にも思っていなかったので、母も病院から急な知らせを受けた時は、深夜病院に向かってダッシュしたそうです。まぁ、みーちゃんの場合は病院まで徒歩圏だったので良いのですが。

私の場合、終電もちょうど終わった時間帯、コンタクトレンズも勿論はずして消毒液に漬けてあります。あとはもう久しく昔に買った、間違っても車の運転などしてはいけないような度数の合わないメガネしかなく...。
知らせをうけて、それならばお通夜、葬式と最低3泊くらいは泊まりだろうかとその準備もし、まったく私らしくなく大慌てでテンパり、家を出る間際に、予定していた旅行の予約が頭をよぎり、ネットにキャンセルを入れ、見えないメガネで深夜の高速道路を死ぬ気で運転していきました。
その時、あぁまったく父らしい時間帯だ、「さぁ!どうする?どうする?」と父が言っているような気がしました。その上高速手前の信号待ちで、猛スピードで走る私の車に神奈川県警のバイクが寄ってきてコンコンと運転席の窓を叩かれ、お叱りを受けました。

よく聞く話はお葬式から火葬場に移動するバスなどの運行も、実に故人らしさが出るといいますね。
たとえば、生前からモタモタして動作がのろいような人は死しても尚、火葬場に行く車が何度も何度も信号にひっかかったり、逆に気の短い人だった場合、一回も信号に引っかからずに、それはもう爽快にサーーーーッと車が走ると聞いたことがあります。

一度、私とちゃんぴの共通の友人のお葬式に出た時、やはりスローモーな彼だったのですが、お寺さんから出発したマイクロバスの天井の部分に、あろうことか、お寺さんの境内の柿の木の枝が引っかかってしまい、運転再開までに大変だったことがありました。このケースなども、とっても彼らしいのです。まして彼の場合はこの世に愛しい子供をはじめとする家族や仕事の問題など色々抱えたままだったので、尚更まだこの世に未練があったに違いありません。

周囲をヒヤヒヤさせる父だったのですが、父の亡くなった日は12月の12日。生前から、いくつかの電話番号の候補から自宅の番号を選ぶ時など、「ゴロがいい」とか「覚えやすい」などにこだわっていた父なので、きっと命日も皆が覚えやすい日を選んだのかもしれません。イッチニイッチニ!なんて、すごく威勢が良い元気な父らしいです。
それに、ちゃんぴの誕生日の前日に亡くなったというのも、自分はあの世に行くけど、まるであの教会の結婚式のバージンロードのように、次の日に生まれてくるちゃんぴに「娘を頼む」と託したつもりなのかな、などと想像しては今だに涙腺の緩くなる私なのです。

2008年7月 8日 (火)

葬儀の日の真実-不思議話(1)

間もなく昨年末天国へ旅立った父の新盆の法事です。その日は青山にあるお寺へ出かけ、新盆のお経の後、お食事会があります。お寺さん主催の会ですが、どんなお食事なのか楽しみでもあります。

...って、またグルメ記事になってしまいそうですが、きょうのこの記事は父の葬式の日の出来事です。これから書くことに微塵のウソ偽りはなく、あの日の出来事をありのままに記述しただけのものですが、神聖な葬儀の日のことなのに...と、書こうか書くまいか迷いました。

しかし、今、もし身近な方を亡くされて悲嘆に暮れている方がどこかにいたとしたら、この記事を読むことはマイナスにはならないだろう、人は死んだら終わりということでは決してない、やっぱりどこかで私達を見ているのだと少しでも感じてもらえればお役にたてるのかも...という思いで書くことにしました。
でも、生きてるこの世界がすべて、今この現実しか興味はないのだという方は、どうぞスルーされることを強くお勧めします。あまり薄気味よい話でもないので...。

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